(聞き手・文責:代島治彦)
チベット人からもういっぺん
生き方を教わりました。
代島:オロの似顔絵、いいですよね。
下田:普段は本人を目の前に描くんですが、今回は映像を元に描いたので苦労しました。なるべく普段の通り、会ったことがあるような、眼が合うような絵にしたいなと。ちゃんと深く息をしているような、印象としてちゃんとそこに実在するような感じになっていればいいんですが。
代島:映像のなかのオロをどうみたのでしょうか。
下田:チベットやネパールやインド、ぼくはこの映画に関係する土地をよく旅して、大勢のチベット人に会っているので、彼らに共通するチャーミングさとか、おおらかさとか、たくましさとか、オロには直接会ったことはないんですけど、彼にもそういう魅力を感じましたね。
代島:下田さんとチベットとの出会いはいつ頃ですか?
下田:はじめてチベットを旅したのはまだ20代でした。たぶん子どものころはチベット人たちと同じように普通に泣いたり笑ったりしていたけど、20代になって仕事をはじめたころに、そういう感情はもちろんあるんだけど、それをどう素直に出すかがわかんなくなっちゃった。それでチベットに行って、はじめてチベット人と出会うなかで、もういっぺんそこで昔の自分を取り戻させてもらったようなところがあって。彼らと一緒にゲラゲラ笑ったり、ケンカしたりしているうちに、友だちとのつき合い方とか、笑い方とか、泣き方とか、怒り方とか、喜び方とか、もういっぺん彼らに教えてもらったと思ってるんですよ。
出だしはみんながオロをみつめている。
終わりはオロがみんなをみつめている。
代島:この映画には下田さんの手によるオロの似顔絵が二枚入っています。映画の冒頭に入る「まだ幼さが残るおちゃめなオロ」と映画のラストに入る「ちょっと成長したたくましいオロ」。外面の変化だけじゃなく、内面の変化までよく似顔絵に描き出しましたね。
下田:映画のなかでのオロの変化は大きいですよね。はじめは撮っている側がオロをみつめているのに、ラストはオロが撮っている側をみつめている。そのことを発見したとき、冒頭の絵とラストの絵をどう描き分けたらいいかがわかったような気がします。前半は明らかにみんながみつめているんですよね。でも、ラストは完全に彼がみつめてますもんね。けっこうドキッとするくらい大人になっちゃってますから。だから、その顔の違いを描こうと。
代島:チベット人をよく知っている下田さんにとって、この映画はどうみえる?
下田:政治的な状況もたくさんの問題を抱えているから、そういうところにスポットを当てたものはたくさんあるじゃないですか。でも、やっぱりこの映画は日常ですよね。そういうところが中心なので、ひとりの男の子の成長の物語として面白かったし…。映画を説明するのは、難しいですね(笑)。
代島:オロはラストでこちらをみつめ返すけれど、そのまなざしの奥には未来への不安が隠されている。そこにはチベットの少年固有も問題もあるんだよね、きっと。でも、その固有性にばかり焦点を当てると、その民族だけの特別な問題みたいになっちゃう。誰にでもある日常、ごはん食べて、勉強して、遊んで、笑って、泣いて、愛し合う生活を描くことによって自然に共感できるものが生まれるんじゃないかな。それはオロだけじゃなくて、この映画に出てくるひと、みんなの日常から。
下田:ぜんぜん違う国、違う民族のひとたちなんだけど、なぜでしょうね、あのなつかしい感じ、あの覚えのある感じ。あのひとたちのことを皮膚感覚で覚えている感じがあるのは何なんでしょうね。実際には遠く離れているのに。
作り手自身が、視点がぶれるのを
許しているよね(笑)。
代島:下田さんはいろんな劇映画に絵を提供していますが、ドキュメンタリ−に似顔絵を描けって言われてどんな感じでした?
下田:自分が考えていたよりも重要な扱いだったので、ドキッとしましたけど。ドキュメンタリ−なので、もっと事実が立つと思っていたから、最初はもっとサラっと流れるような絵にしたくて、あまり描き込んでいなかったんですよね。でも、編集がまとまってみると、ぼくの絵が最後に登場人物の記憶をみるひとに染み込ませていくような、定着させていくような重要な使われ方だったので、やっぱりグウっともっと細密に描かなきゃいけないなと思って、ぼくとしてはちょっとがんばりましたよ。
代島:結局、一カ月くらい描いてましたよね。
下田:まるまる一カ月描いちゃいました(笑)。
代島:下田さんの絵の効果もあって、あんまり類似品がない映画になったような気がする。どうですか?
下田:いままでもこういう映画はあまり見たことがないですね。まるまるドキュメンタリ−ってわけではないでしょう?オープニングは明らかに演出しているところからはじまって、ラストは制御がまったくできてないような撮り方で終わってる感じですよね。でも、不思議とおもしろくみれちゃう。なんでもそうですけど、普通は作り手の視点がぶれちゃいけないと思うじゃないですか。刷り込みかもしれないけれど、ぶれてたらいけないと思い込んでいるところがあるじゃないですか。何がつくりたいのかさえ途中で変わっちゃって、オロと作り手の立場が逆転しちゃって、こんなにぶれてるのに、なんかおもいろいのは不思議ですよね。視点なんて最後まで安定していないのに、それでもおもしろいですよね。ぜんぜんほめてないじゃないですか(笑)どうしたらいいんだろう?
下田昌克 Shimoda Masakatsu
1967年兵庫県生まれ。1994年から2年間、中国、チベット、ネパール、インド、そしてヨーロッパを旅行。その2年間に出会ったひとびとのポートレイトを描き続け、1997年から日本に持ち帰った絵で週刊誌での連載を開始、本格的に絵の仕事を始める。06年に『情熱大陸』(TBS)出演で話題に。10年から『TBSニュース23クロス』オープニング映像 に似顔絵を提供。最近は『クローズド・ノート』(2007年/行定勲監督)の美術を担当、『ステキな金縛り』(2010年/三谷幸喜監督)で劇中の法廷画家の絵を担当するなど、映画とのコラボレーションも増えている。